為替

日本円を壊す最悪の薬「財政ファイナンス」とは?

 この数か月で115円から135円まで急激に円安が進み、メディアで円安が盛んに取り上げられています。日米の政策金利差により円安が進んでいると報道されることが多いです。もちろん為替の動向はそれ一つだけではなく、他にもたくさん存在する、様々な要因によって決定づけられています。

 今回はその中の一つ、自国通貨を破壊する恐ろしい劇薬「財政ファイナンス」と、日本がその財政ファイナンスをこの十年ずっと行ってきたことについて解説します。

財政ファイナンスとは何か?

 

そもそも財政ファイナンスとは何でしょうか? 野村証券の証券用語解説集より引用しましょう。以下のような内容になります。

財政赤字を賄うために、政府の発行した国債等を中央銀行が通貨を増発して直接引き受けること。国債のマネタイゼーション(国債の貨幣化)ともいう。日本においては、財政規律を失い悪性のインフレを引き起こす恐れがあるため、特別の事由がある場合を除いて財政法第5条により原則として禁止されている。

https://www.nomura.co.jp/terms/japan/sa/A02708.html

 国債を中央銀行が通貨増発して直接引き受けるのが財政ファイナンス。これをやったら悪性インフレが起こるからあまりやらないように! ということですね。

 ではもしこれを実際に日本が既に長期にわたってやっていたらどうでしょうか。悪性インフレの可能性はかなり高いですね。そもそも引用文にも書かれているように法律で禁止されているわけだから実際に日本がやっているわけがない、はずなのですが、実際に見てみるとどうも怪しい実態が見えてきます。それでは実際に検証していきましょう。

 注:こちらの記事では特定の政党を批判するものではありません。当サイトの立場は政治的に中立であり、あくまで経済の観点から、政策がどのような影響を及ぼすか分析する意図で書いております。

日本は財政ファイナンスをやっているのか

 さて、まず検証したいのは2012年の衆議院解散の時から、長きにわたって耳にするようになったアベノミクスについてです。アベノミクスすべてを分析すると膨大な量になってしまうため、財政ファイナンスと関わりのありそうな国債の観点からアベノミクスをざっと見ていくことにしましょう。wikipediaのアベノミクスの記載より、国債に関係ありそうな部分を引用してみました。

・第二の矢:機動的な財政政策公共事業投資、ケインズ政策日本銀行の買いオペレーションを通じた建設国債の買い入れ・長期保有[16]、ただし国債そのものは流動化

・黒田は2013年4月4日の「量的・質的金融緩和」政策の公表[33][34][35] で、物価目標を2年程度を掛けて年間2パーセントとするため、以下の5点にわたる政策を実施するとし[34]、市場からは驚きをもって迎えられた。(3)買入れ資産対象を従来の短期国債中心から、中期国債その他に拡大する(平均残存期間を3年弱から7年程度に延長する)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%82%B9

1.国債を買い入れているか

 財政ファイナンスは、ざっくりいうと政府の発行した国債を日銀が通貨を増発して引き受けること、でした。上記の引用文を読む限りでは日銀が国債を買い入れていますね。では、日銀は通貨を増発しているのでしょうか?

2.通貨を増発しているか

わかりやすく解説してくださっているツイートをいくつか紹介したいと思います。

 2018年のツイートですが、この時からすでにとんでもない増発ですね。このツイートの方もそうですが、アベノミクスに対して財政ファイナンスによる悪性インフレや国債価格の暴落、長期金利上昇などの副作用の警笛を鳴らしていた人は初期から非常に多かったのです。しかしTVなどはそれらの警笛を報道することはほとんど無かったという歴史があります。

 さて続きをみてみましょう。こちらの図はとても参考になります。コロナ以降、さらにとんでもないことになっていますね。

 2006年や2007年は100兆円にも満たなかった通貨の総量が600兆円超えるまで刷られていますね。日本もほかの国も刷りすぎ。通貨を増発しているのは間違いありません。

3.増発した通貨で国債を買い入れる財政ファイナンスが行われているか

 構造的には通貨が増発され、国債が買い入れられている事実がある以上財政ファイナンスに見えますが、2014年2月27日の日経新聞の記事でこのような言及がなされていました。

日銀の佐藤健裕審議委員は27日夕、都内で行った講演後の質疑応答で、「量的・質的金融緩和策の出口戦略を考える場面はデフレが終了しているときだ」と述べた。「金融政策は財政政策ではない」とも語り、財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)ではないとの認識を改めて示した。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASFL270UN_X20C14A2000000/

 こういった質問がなされている時点で、アベノミクス=財政ファイナンスであるという疑いはかなり前からもたれていたことが分かります。一方で当局は財政ファイナンスであることを否定しています。

2014年6月10日

「恒久的減税には社会保障費や所得税、消費税など税制全体の見直しを併せて行うべきだ」5月27日の経済財政諮問会議。安倍の面前で、日銀総裁の黒田東彦が法人減税にこうクギを刺していた。諮問会議での警告は2度目。日銀は異次元の金融緩和で国債を大量に買い続ける。政府の財政健全化の努力と一体でないと市場に「財政ファイナンス」と受け取られ、信認を失いかねないと懸念を強める。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK09011_Z00C14A6000000/

 日銀当局が財政ファイナンスと受け取られる懸念を表明しているようですね。「政府の財政健全化の努力と一体でないと財政ファイナンスと受け取られる」2022年時点で政府の財政は悪化の一途をたどっているため、この時点で既に結論が出た気がしますが、もう少し見ていきましょう。

2018年6月15日

だが現実には日銀が国債を大量に購入し、政府の財政赤字を支えている。「事実上の財政ファイナンス」との指摘は多い。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31831350V10C18A6EA2000/

 実際に財政健全化が進まなかったことにより、財政ファイナンスとの指摘が多くなってきているようですね。さらにこの二年ほど、コロナ対策と物価高対策でさらに支出が増えているので、現段階でも大きな変化は見られないどころかむしろ悪化しています。

 当局は「財政ファイナンスにはあたらない」といまだに財政ファイナンスであることを認めていません。当局が認めていない以上これが財政ファイナンスであると断言はできません。ですが構造的に財政ファイナンスとほぼ同じ構造が日本にはあり、その指摘も多いようですね。

アベノミクスが終わり財政ファイナンスは終わったのか?

 さて2012年からの歴史を振り返ってきたところで、今度は今の岸田政権の政策を分析してみましょう。安倍政権が終わり、財政ファイナンスは終わったのでしょうか。この検討をする際に必ず分析が必要になってくるのが「イールドカーブコントロール(YCC)」「指値オペレーション(指値オペ)」と呼ばれる金融政策になります。両方とも同じものなのですが、内容としては以下になります。

イールドカーブ・コントロール(いーるどかーぶ・こんとろーる)

イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)は、2016年9月の日銀金融政策決定会合で日銀が新たに導入した政策枠組み「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の柱のひとつ。2016年1月から始めた短期金利のマイナス金利政策に加え、10年物国債の金利が概ねゼロ%程度で推移するように買入れを行うことで短期から長期までの金利全体の動きをコントロールすること。日銀は指定する利回りで国債買入れを行う指値オペレーションを新たに導入するとともに、固定金利の資金供給オペレーションの期間を1年から10年に延長することによりイールドカーブ・コントロールを推進する。

https://www.nomura.co.jp/terms/japan/i/A02908.html

 最後に指値オペについての説明もありますね。国債の価格と金利は逆相関の関係にあります。

・金利が上がる=国債が下がる

・金利が下がる=国債が上がる

 つまり、金利を一定に保つには国債価格をコントロールすればいいというわけです。現在金利上昇圧力(つまり国債の売り圧力)がはげしくなってきているため、日銀は金利を上がらないようにするために国債を大量に買い入れているというわけです。国債を無限に買い支えて国債価格が下がらないようにすれば、逆相関の値動きをする金利は上昇することができません。買い支えることができればですが。

日銀は19日に長期金利の変動幅をプラスマイナス0.25%程度とすることを明確化した。長短金利の引き下げ時に金融機関の収益に及ぶ影響を和らげるため「貸出促進付利制度」を創設したほか、金利の大幅上昇を抑制する「連続指値オペ制度」を導入した。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD00016_S1A320C2000000/

 

 ここで一つの疑問が出てきます。金利が上がらないようにするために「中央銀行が国債を大量に買い入れる」この構造は財政ファイナンスの定義である「国債等を中央銀行が通貨を増発して直接引き受けること」に該当するのではないかということです。

 当然同じような懸念を持たれている人は多いですね。

2022年6月15日

デフレからの脱却が見込まれる中で、日本銀行は、マイナス金利を縮小・撤廃すると同時に、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を弱めていくのが適当だろう。長期金利の水準に直接介入する金融政策は、実質的な国債の日銀引き受けであり、財政ファイナンスそのものである。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61710360U2A610C2EN8000/

 こちらの日経新聞の記事でも、イールドカーブコントロールが財政ファイナンスであるという指摘がなされています。もしそうであれば、日本は最悪の場合この10年にわたって財政ファイナンスを行ってきたことになります。

ここで財政ファイナンスが禁止されている理由についてもう一度見てみましょう。

日本においては、財政規律を失い悪性のインフレを引き起こす恐れがあるため、特別の事由がある場合を除いて財政法第5条により原則として禁止されている。

https://www.nomura.co.jp/terms/japan/sa/A02708.html

その副作用が悪性インフレであることを私たちは肝に銘じておくべきでしょう。

最後に、どれくらいの規模感で財政ファイナンスのようなものを行っているのか見てみましょうか。

 一週間でスカイツリー100個分の金額が日本円を破壊する財政ファイナンスのようなものに回されているのが現状です。にもかかわらずいまだに貯金が安全という貯金神話を信じている日本人がいるようですが、彼らは自分がどういう状況に置かれているのか、正確に認識できているのか心配です。国によって破壊されている日本円という資産に自分の生活を預けていても、知識がないとそれに気づくことすらできません。

 そして買い入れ額はどんどん増加して過去最高を記録しています。状況は悪化の一途をたどっており、多くの人が必死に警笛を鳴らしていますが、どの程度の国民に声が届いているでしょうか。代償は保有している円資産の崩壊であり、多くの人にとって決して安い代償ではないはずなのですが。

 財政ファイナンスは、劇薬です。長く続けるとその国の通貨を蝕みます。人に例えましょう。病気になってしまった人が、一時的に楽になるために、基本的に法律で禁止されている薬物を服用しました。だんだんやめられなくなり薬の量が増え続けたままついに10年が経過してしまいました。直近では過去最高となる信じられない量の違法な劇薬を大量に服用しましたが、それでも大丈夫だと思っています…人と国では違いがあると思います。ですが、多くの人々の生活の基盤になっている日本円の現在の状況を無理やり人に例えるとそんな感じになるのではないでしょうか。

 これを止めるためには、薬をやめるしかありません。つまり、指値オペを含む金融政策の変更です。これが行われれば10年にわたる政策の変更であるためインパクトはかなり大きく、円高になる効果が期待できます。それも政策変更がほぼ確定した状態になれば、政策変更が行われる前からそれを織り込んで円高になる可能性が高く、比較的迅速に円高転換が期待できます。しかし変更されなければ、円安が止まることは考えにくいでしょう。劇薬漬けの10年のツケは巨大な爆弾としてたまり続けてます。現在あまりにも将来へのツケが重くなり、出口へ向かうハードルも高くなっています。すでに手遅れではないことを祈りましょう。

 海外の記事はこちら

 https://www.zerohedge.com/markets/would-be-crossing-rubicon-boj-about-own-more-half-all-jgbs

結論

 日本は、それを行えば通貨が破壊され悪性インフレを招くと言われている財政ファイナンスと同じようなことを10年にわたって行ってきました。そのマグマは着実にたまっています。直近の円安だけが取りだたされますが、ドル円チャートを見るとアベノミクスが発表されたタイミングから綺麗に円安が始まっていることが確認できます。

 緑色の丸のところが該当の時期になります。

 財政ファイナンス以降、それまでの円高トレンドから円安トレンドに切り替わったことが分かります(このチャートが上にいけばいくほど、円が安くなっていることを意味します)。その前年には協調介入を行って円高トレンドが止まっていたところに財政ファイナンスですから、長年にわたる円安トレンドは当然のことかもしれません。このチャートを見ると、いかに財政ファイナンスが通貨を破壊するか一目瞭然ですね。

 財政ファイナンスという金融政策がここまで円安を引き起こした大きな要因であるということは、手遅れになる前に日銀の金融政策が変更されれば、また円高に振れる可能性があるということです。これから日銀がどのように変化するか、日銀関係者の発言に注意深く耳を傾けましょう。

 さて、ここで大きな問題点にほとんどの人は気が付かれたのではないかと思います。日本人は貯金が大好きな民族で、家計貯蓄の大半が日本円建で行われていることです。財政ファイナンスが10年継続され、日本円の破壊が確定している状況であるにもかかわらず「投資をせず貯金しておけば安全だ!」と国民の大半が貯金に精を出していました。安全を求めて投資をせず貯金にこだわることで、逆に資産の多くをひたすら溶かし続けるという一種異常な光景をこの10年私は目の当たりにしています。

 なぜこのような不思議な行動を国民の多くが取っているのでしょうか。理由はいくつかあると思いますが、理由の一つが金融リテラシーの欠如であることは確かだと思います。アベノミクスや指値オペが財政ファイナンスであることを大半の人が理解していない可能性があります。最悪の場合財政ファイナンスが何なのかすらわかっていないかもしれません。

 自国の法定通貨の破壊が確定していることに気づかずに、自国の法定通貨で貯金をすることが安全だと考え続け、資産を溶かし続けている可能性があるのではないでしょうか。

 私が考えるこれらの問題は大きく二つあります。みんなが間違った常識を正しいと考えると、流されやすい日本人の場合はそれが正しいことだと思い込む傾向があります。疑いなくそれを受け入れることで生活や家族の将来に対する大きなダメージを負ってしまうことです。気づいたときにはかなりダメージを負った後、しかも気づいてもリテラシーがなければ投資などの解決策もわかりません。これがリテラシーのないことによる一つ目の欠点です。 

 二つ目は、まともに政治に対する意思表示ができないことです。ここまで日本円が崩壊することを望んでなかった人がいたとしましょう。しかしその人に知識がなかった場合財政ファイナンスに反対の声を上げることはないでしょう。わからないのに反対するわけがありません。その結果、ただ漫然と自分の資産が破壊されるのを放置することになります。

 アベノミクス下で日銀は日本株に投資する上場投資信託(ETF)を年間約数兆円規模で購入していますから、株に投資していれば資産が増えることは明らかでありました。その反面財政ファイナンスで円の減価もまた、極めて合理的な結末でした。その中で「投資は危険で、貯金が安全だ」と正反対の価値観をみんなで共有して、ひたすら円資産を溶かし続けた大半の日本人。これはさすがに変えていかないといけないと思うのは私だけでしょうか。

 年金に対する国の説明は嘘でした。医療保険も、後期高齢者は今年からいきなり自己負担が倍増するなど、崩壊の予兆が見られています。日本円もボロボロになっています。日本が抱えている問題はこれが全てでしょうか? そんなわけがありません。しかし、それを判断する知識がないと、気づくこともできず、対策することもできません。年金や医療保険や円安と同様、その時が来て初めて気づくのです。その時に手遅れでない保証はどこにもありません。

 今年から金融教育が幼児教育、高校で開始されます。SNSなどでも金融リテラシーを教えるインフルエンサーが大量に現れています。これらを駆使していけば、個人個人の状況は改善されていくでしょう。

 国という単位で見ても、この状況が少しでも改善されることを願ってやみません。既に手遅れでなければいいのですが。

 彼らは非常に先見の明のある方々ですが、この国が壊れるということを前提として行動されているようです。

 もちろん彼らが正しい確証もありませんが、同じようなことを言っている著名人や富裕層はかなり多い印象です。今からでも変わるような行動をすれば、少しはましになるかもしれません。日本に住んでいる私としては日本に沈んでほしくないと思っています。その一方で、もうすでに手遅れだという人が多くなってきている現実は否定できません。皆さんはどう思われますか?

最後に

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